今年(2017年)も開けてはやひと月になろうとしています。WADA(世界アンチ・ドーピング機構)が毎年改訂している禁止表国際基準(prohibited list)も1月1日をもって2017年版が発効しましたので、備忘録代わりに今年の変更点をまとめておこうと思います。

今年は大きな変更点はありませんが、「S7.麻薬」に1点追加があったのと、いくつかのセクションで例示列挙(オープンリスト)に例が追加されています。

なお、TUE(治療使用特例)国際基準には変更ありません。

S0.無承認物質

変更点ありません。

S1.蛋白同化薬

昨年まで「S1.1.a 外因性AAS(蛋白同化男性化ステロイド薬)」の例として挙げられていた、ボルデノン、ボルジオン、ナンドロロン、19-ノルアンドロステンジオンが、「S1.1.b 外因的に投与した場合の内因性AAS」にセクション移動となり、19-ノルアンドロステンジオールが「S1.1.b 外因的に投与した場合の内因性AAS」の例として追加されました。これは、これらの物質が少量ながら内因性に(つまり体内で自然に)生成されることが明らかになったためです。

5α-アンドロスタ-2-エン-17-オン(“デルタ-2” “2-アンドロステノン”などの名で知られる)が「S1.1.b 外因的に投与した場合の内因性AAS」の例として追加されました。近年、この物質を含むサプリメントがより多くみられるようになってきた(おそらく米国などでだと思います)ため、禁止物質であることを明示することとしたものです。

S1.に挙げられている物質名は例示列挙(オープンリスト)であって、ここに明示されていなくても、蛋白同化薬であればすべて禁止対象です。したがって、上記の変更は例の変更にすぎず、実際の禁止対象には変更ありません。

S2.ペプチドホルモン、成長因子、関連物質および模倣物質

「S2.1.1 赤血球新生刺激物質(ESAs)」の例として、GATA阻害薬(K-11706等)とTGF-β阻害薬(ソタテルセプト、ラスパテルセプト等)が追加されました。

「S2.2」の低酸素誘導因子(HIF)安定薬の例としてモリデュスタットが追加されました。

このセクションの変更も、例の追加だけですので、実質的な変更はありません。また、今回追加となった物質はいずれも国内では医薬品としての使用はありませんが、個人輸入などによって海外から入手してしまう可能性はあります。

S3.ベータ2作用薬

2016年まで「すべてのベータ2作用薬」と表記されていたのが、「すべての選択的および非選択的ベータ2作用薬」という表記に変更され、さらにその具体例として、ヒゲナミン、インダカテロール、プロカテロール、ビランテロールなどの物質名が明記されました。「これらに限定されるものではない」と注記されているとおり、これらの物質はあくまで例示列挙(オープンリスト)であって、このリストに挙がっていようといまいと、ベータ2作用薬は次に述べる吸入薬の例外を除いて全て禁止であることは、これまでと全く変わりありません。

従来通り、例外として、サルブタモール・ホルモテロール・サルメテロールの3つの物質が定められた基準以下の用量で吸入薬として使用される場合は禁止されませんが、その基準に一部変更があります。サルブタモール(サルタノールインヘラーなど)の吸入が認められる条件は従来、「24時間で最大1600μg」でしたが、今回の改訂では「24時間で最大1600μg、かつ、12時間ごとに800μgを超えないこと」となりました。したがって、1回で1600μg吸入した場合には違反ということになります。日本の添付文書上は、「成人1回200μgを1日4回まで、間隔を最低3時間以上あけること」となっているので、これに従えば12時間で800μgを超えることはありません。また、サルメテロール(セレベント、アドエアなど)の吸入が認められる条件は従来、「製造販売会社によって推奨される治療法」というものでしたが、今回の改訂により「24時間で最大200μg」と具体的に明記されました。日本の添付文書上は「成人1回50μgを1日2回」ですので、これも通常の用法であれば基準を超えることはありません。

上記のとおり、ヒゲナミンが禁止物質としてあらたに例示されたことから、「今年から新たにヒゲナミンという物質が禁止物質に指定され、ヒゲナミンを含有する南天のど飴もドーピング違反になる」と多くのマスコミが伝え、ネット上でも同じことを書いている人がたくさんいます。しかし、これは正確ではありません。今回の変更は、β2作用薬の例としてヒゲナミンなどを新たに明記したというだけであって、ヒゲナミンを含むすべてのβ2作用薬はこれまでもずっと禁止物質であり、今回の改訂で新たに禁止されたわけではないのです。

S4.ホルモン調節薬および代謝調節薬

「S4.1 アロマターゼ阻害薬」の例示列挙にアリミスタン(アンドロスタ-3,5-ジエン-7,17-ジオン)が追加されました。例の追加ですので、実質は何も変わりません。なお、アリミスタンは国内では医薬品として承認されていません。

S5.利尿薬および隠蔽薬

今回、変更はありません。

M1.血液および血液成分の操作

「M1.2 酸素摂取や酸素運搬、酸素供給を人為的に促進すること」の禁止の例外の説明が、従来の「酸素自体の補給は除く」という表記から「吸入による酸素自体の補給は除く」という表記に具体化されました。

M2.化学的および物理的操作

今回、変更はありません。

M3.遺伝子ドーピング

今回、変更はありません。

S6.興奮薬

「S6.a 特定物質でない興奮薬」のリストにリスデキサンフェタミンが追加されました。リスデキサンフェタミンは米国ではADHD(注意欠陥多動性障害)や過食症の治療薬として使用されており、日本でも現在、ADHD治療薬として臨床試験中のようです。これまでもこれからも興奮薬はすべて(クロニジン、局所/眼科用のイミダゾール誘導体、監視プログラムに含まれる物質を除く)禁止ですが、「S6.a 特定物質でない興奮薬」のリストはクローズドリスト(限定列挙)であり、リストに挙がっているものだけが対象となります。一方、「S6.b 特定物質である興奮薬」のリストはオープンリスト(例示列挙)であり、リストに挙がっていてもいなくても、興奮薬であって「S6.a 特定物質でない興奮薬」のリストに含まれないものはすべて「S6.b 特定物質である興奮薬」に含まれます。従って、リスデキサンフェタミンはこれまでは明示されてはいなかったものの「S6.b 特定物質である興奮薬」であったのが、今回から「S6.a 特定物質でない興奮薬」に変更になったということです。要はセクションの変更であり、リスデキサンフェタミンが禁止物質であることに変わりはありませんが、これまでは特定物質(違反があった場合に、意図的でなく過失がなければ処分が一定程度内に抑えられる物質)だったのが、非特定物質に変更になったということです。

「S6.b 特定物質でない興奮薬」のリスト内の「メチルヘキサンアミン(ジメチルペンチルアミン)」の表記が「4-メチルヘキサン-2-アミン(メチルヘキサンアミン)」に変更になりました。物質名表記の変更であり、内容に変わりありません。

S7.麻薬

ニコモルフィンがリストに追加されました。このセクションのリストはクローズドリスト(限定列挙)ですので、リストに挙がっている物質だけが禁止対象であり、ニコモルフィンは単なる例の追加ではなく、新たに禁止対象となったということです。ただ、ニコモルフィンは投与後、体内でモルヒネに変化するため、これまでもニコモルフィンを使用した場合には、モルヒネないしその代謝物が検出され、ドーピング検査陽性となったと思われます。

S8.カンナビノイド

今回、変更はありません。

S9.糖質コルチコイド

今回、変更はありません。

P1.アルコール

今回、変更はありません。

P2.ベータ遮断薬

今回、変更はありません。

監視プログラム

監視プログラムは濫用のパターンを把握するために監視が必要と位置づけられた物質のリストです。今回の改訂では、

  • コデイン(競技会時のみ)
  • ベータ2作用薬同士の組み合わせ(競技会時および競技会外)

の2点が追加となりました。

以上が2017年1月1日からの変更の概要です。このようなややこしい改訂を把握しなければならないのは面倒なことこの上ないですが、ドーピングをたくらむ側と取り締まる側とのいたちごっこが続く以上、仕方がありません。このような取り決めが無用のものとなる日が来ることを祈るばかりです。