【アンチドーピング】2023年禁止表国際基準の変更まとめ
WADAがドーピングの禁止対象となる物質・方法を定めた「禁止表国際基準」の2023年版が元旦をもって発効となりました。今年も例示物質の追加や表現の明確化などが多いのですが、2024年の変更の決定事項もあるので、いつものように備忘録にまとめておきます。
参考:【アンチドーピング】2022年禁止表国際基準の変更まとめ
S0:無承認物質
変更ありません。
S1:蛋白同化薬
「1.蛋白同化男性化ステロイド薬(AAS)」の例示物質に以下の2つの物質が追加されました。例示の追加なので、実質的な変更ではありません。
17α-メチルエピチオスタノール(通称、エピスタン)
エピチオスタノール(商品名:チオドロール® 乳腺症、乳癌、女性化乳房の治療薬。2012年販売中止)の17-メチル化アナログ。代謝により生体内で、禁止物質である蛋白同化薬デスオキシメチルテストステロンに変換されます。したがって、定義上、従前から禁止物質にあたりますが、今回、例示物質に追加して禁止物質であることを明確にしたものです。サプリメントに含有されていたとの報告があります。
アンドロスタ-4-エン-3,11,17-トリオン(11-ケトアンドロステンジオン、アドレノステロン)
アンドロステンジオンの代謝物。この物質の代謝物11-ケトテストステロンもテストステロンの代謝物。したがって、定義上、従前から禁止物質ですが、今回それを明示したものです。これもサプリメントに含有されていたという報告があります。
「2.その他の蛋白同化薬」にも以下の例示物質が追加になりました。
ラクトパミン
一部の国で動物用成長促進薬として承認されているため、海外大会などの際にオフィシャルでない店での食事によりラクトパミンに汚染された肉を摂取してしまう危険があるので注意が必要です。
S-23・YK-11
いずれも臨床試験中のSARMs(選択的アンドロゲン受容体調節薬)。サプリメントに含有されていた報告あり。
S2:ペプチドホルモン、成長因子、関連物質および模倣物質
表現のわずかな変更のみで実質的な変更はありません。
S3:ベータ2作用薬
変更ありません。
S4:ホルモン調節薬および代謝調節薬
「ミオスタチン中和抗体などのミオスタチン阻害薬」が「ミオスタチン-あるいは前駆体-中和抗体」に表現変更され、例示物質として「アピテグロマブ」が追加になりました。アピテグロマブは現在臨床試験中で、海外では販売が予定されていますが、日本では発売未定です。
S5:ホルモン調節薬および代謝調節薬
利尿薬の例示物質にトラセミド(ルプラック®)が追加になりましたが、当然ながら従前から禁止物質ですので実質的な変更ではありません。
その他、趣旨の明確化のため文章の変更がありますが、禁止内容の実質は変更ありません。
M1:血液および血液成分の操作
「2.酸素摂取や酸素運搬、酸素供給を人為的に促進すること」の例に「ボクセロトール」が追加されました。ボクセロトールは鎌状赤血球症の治療薬として海外で承認されている物質(商品名:Oxbryta®)で、ヘモグロビンの酸素放出態を変化させて動脈血の酸素飽和度を向上させます。
M2:化学的および物理的操作
変更ありません。
M3:遺伝子および細胞ドーピング
変更ありません。
S6:興奮薬
「b.特定物質である興奮薬」の例示物質に「ソルリアムフェトル」が追加になりました。ソルリアムフェトルは、ノルアドレナリン・ドパミン再取り込み阻害薬 (NDRI)としての覚醒作用により、睡眠時無呼吸症候群やナルコレプシーによる昼間の過度な眠気の治療薬として海外で使用されています。
また、4‐メチルヘキサン‐2‐アミンと5‐メチルヘキサン‐2‐アミンの慣用名が追加になりましたが、実質的な変更ではありません。
「b.特定物質である興奮薬」の例外となるイミダゾリン誘導体に、テトリゾリン(テトラヒドロゾリン:コールタイジン点鼻液®に配合)が追加されるとともに、例外となるイミダゾリン誘導体の投与部位に「耳」が追加されました。禁止の例外への追加ですから、これらは禁止ではない、ということです。念のため。
S7:麻薬
今回は変更ありません。
ただし、2024年からトラマドール(トラマール®、ワントラム®、ツートラム®、配合剤としてトラムセット配合錠®)が禁止されることが決定済みです。十分な周知期間が必要との判断により、1年間の猶予が与えられたものです。
S8:カンナビノイド
変更ありません。
S9:糖質コルチコイド
禁止されない投与経路に「耳(点耳使用)」が明記されました。
P1:ベータ遮断薬
禁止される競技に「ミニゴルフ(世界ミニゴルフ連盟:WMF)が追加になりました。
また、水中スポーツ(世界水中連盟:CMAS フリーダイビング、スピアフィッシング、ターゲットシューティング)における禁止が、「競技開時のみ」から「競技会(時)および競技会外」に変更になりました。
監視プログラム
監視プログラム掲載物質は現時点での禁止物質ではありませんが、濫用状況を把握するために監視対象としている物質で、過去にはいくつかの物質が監視プログラムから禁止物質に変更になっています。
今回、監視プログラムに以下のものが追加されました。
18歳未満の女性におけるゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)アゴニスト
競技会(時)および競技会外
ハイポキセン(ポリヒドロキシフェニレン チオ硫酸ナトリウム)
競技会(時)および競技会外。ワリエワ選手のドーピング疑惑の際に、禁止物質以外の摂取物質として名前が上がって一躍有名になった物質です(詳細は「ハイポキセンってどんな物質?」を参照)。明らかに、ワリエワ選手の件を受けての追加でしょう。
デルモルフィン(および類似物質)
競技会(時)のみ
また、すでに上で述べましたが、現在は監視プログラムに掲載されているトラマドールが来年(2024年)から禁止物質となることが決定済みです。
治療使用特例(TUE)
TUEについて実質的な変更はありませんが、手続きの明確化などのために文章の変更がありました。
まとめ
総じて、今年に関しては大きな変更はないと感じますが、監視プログラムに追加になったハイポキセンが来年以降どうなるのかは気になります。また、来年からのトラマドール禁止はかなり大きな変更になるので、この1年をかけて十分な周知が必要だと思います。
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