ピロリ除菌後の胃食道逆流症・逆流性食道炎
かつては胃潰瘍・十二指腸潰瘍に限定されていたピロリ除菌療法ですが、この数年で保険適応は拡大し、さらに以前は明確でなかったピロリ菌感染と胃がんとの関係も解明が進んでピロリ菌感染が胃がんの最大のリスクファクターであることが広く知られるようになったことで、ピロリ除菌を受ける方は増加しています。
一方、あまり知られていませんが、ピロリ除菌後に胃食道逆流症(GERD)が悪化したり新たに発症したりする例が少なからずあります(ランサップの添付文書の副作用にも「胃食道逆流症」の記載があります)。この現象については実は20年ほど昔からいろいろと議論がなされ、紆余曲折がありました。この記事ではその経緯について述べてみたいと思います。
なお、一般的には「胃食道逆流症(GERD)」より「逆流性食道炎」のほうが耳慣れているかと思いますが、両者は厳密には異なります。胃酸の逆流により実際に食道に炎症が起きているのが「逆流性食道炎」、炎症の有無にかかわらず胃から食道への胃酸の逆流が起きている状態が「胃食道逆流症(GERD)」です。つまりGERDのほうが範囲が広く、GERDのうち食道に炎症が起きているものが逆流性食道炎ということになります。
欧米では否定された関連性
始まりは1997年にドイツの研究者が発表した報告でした。その報告によると、GERDではない患者について、ピロリ除菌実施群と非実施群とを追跡調査したところ、除菌実施群のほうがGERDを発症する確率が有意に高かったのです。理屈で考えてみると、確かにピロリ除菌をすることで胃粘膜細胞の機能が回復するので、胃酸分泌機能も除菌前より亢進すると推測されます。そこで、その後たくさんの調査がおこなわれたのですが、それらの報告ではピロリ除菌群と非除菌群とでGERD発症率に有意差がないというものが多く、2010年に発表されたメタ解析(複数の独立した研究データを収集・統合してあらたに解析すること)でも有意差なしという結果になりました(Yaghoobi M, et al. Am J Gastroenterol 2010;105:1007–13.)。さらに最初のドイツの研究者の論文では、実はデータの操作に問題があったということもわかり、現在、欧米ではピロリ除菌はGERD発症リスクではないというのが一般的な見方になっています。
日本人の場合は・・・
客観的な研究で除菌とGERD発症との関連が否定されたわけですから、これで一件落着となるはずですが、ことはそう単純ではありません。実はピロリ菌が胃のどの部分に感染しているかによって、除菌前後の胃酸分泌状態の変化は異なるのです。まず、感染が胃前庭部のみに限定されている場合を考えてみましょう。この場合、胃酸分泌を行う胃体部は無傷ですから胃酸の分泌は落ちていません。逆に感染により炎症をおこした前庭部で産生されたサイトカインにより胃酸分泌が亢進されるため、除菌前に胃酸過多になっている状態です。そして除菌をすることにより炎症がおさまれば胃酸分泌の亢進もおさまるため、除菌後にGERDが改善することはあっても、逆に悪化することはありません。
次に、感染が胃体部にまで広がっている場合を考えてみます。胃酸分泌を担う体部が感染で傷害されているわけですから、当然胃酸の分泌は低下しています。この状態で除菌すれば胃酸の分泌が回復するわけですから、除菌により胃酸が増加しGERDの発症・悪化を招く可能性があるわけです。
ピロリ菌の感染がどの程度広がっているかは人によって異なりますが、欧米では前庭部に限定されている人が多く、日本では胃体部まで広がっている人が多いと言われています。したがって、日本人の場合は欧米とは異なり、除菌により胃酸分泌が亢進し、GERDが発症したり悪化したりすることが考えられるわけです。
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