ICL(後房型有水晶体眼内レンズ)は強度近視に対する有効で安全な視力矯正手段ですが、新しい技術であるため、長期予後についてのデータが十分ではありません。眼内レンズは永続的に留置するものですから、手術を検討している人、手術を受けた人にとって、長期的なリスクは当然気になるところでしょう。

今年になって、スイスで術後10年間をフォローした調査結果が出ました。手術のリスクを考える上で非常に参考になるデータと思いますので、この記事で紹介します。

調査結果の概略は以下のとおりです。

  • 対象はスイス・ローザンヌのJules-Gonin Eye Hospitalという病院で1998年1月1日~2004年12月31日の間に、ICL(V4モデル)挿入術を行った78例133眼(男性34例、女性44例、平均年齢38.8±9.2歳)。
  • 挿入されたレンズは、-15.5D以上のV4モデルICLが53眼、-15.5D未満のV4モデルICLが73眼、乱視用のV4モデルトーリックICLが7眼
  • 水晶体混濁発生率は術後5年で40.9%(95%信頼区間:32.7~48.8%)、術後10年で54.8%(95%信頼区間:44.7~63.0%)
  • 白内障手術が行われたのは、術後5年で5眼(4.9%、95%信頼区間:1.0~8.7%)、術後10年で18眼(18.3%、95%信頼区間:10.1~25.8%)
  • vault height(水晶体前面とICL後面との間の距離)は手術直後には426±344μm(平均±標準偏差)であったものが、10年後には213±169μmに減少した。さらにこのvault heightの小ささと水晶体混濁発生率・白内障手術率との間には相関関係が認められた。
  • 眼圧については術後10年で有意な増加は認められなかったが、10年後の時点で、12眼(12.9%、95%信頼区間:5.6~19.6%)に局所薬物治療を要する高眼圧症が認められた。
  • 等価球面度数は手術1年後で-0.5D、10年後で-0.7D
  • 手術の安全係数(平均±標準偏差)は1.25±0.57

(原著論文:Guber I et al : Clinical Outcomes and Cataract Formation Rates in Eyes 10 Years After Posterior Phakic Lens Implantation for Myopia. JAMA Ophthalmol. 2016 Mar 3.)

それでは、内容をもう少し詳しく、見ていきましょう。

調査の対象となったのは男女78人の133眼で、年齢は平均38.8歳で標準偏差9.2歳ですから、30代・40代が中心のようです。実は日本や米国ではICLの適用に年齢制限があり45歳までとされているため、もし日本や米国での調査であれば平均年齢はもう少し低くなったはずですが、欧州では年齢制限がないため年齢構成が少し高めになっているようです。後で述べますが、このことが結果にも影響していると思われます。

使用されたレンズはV4モデル、つまりVer.4のレンズです。手術が実施された当時としては最新世代のレンズですが、現在では、さらなる改良によりレンズ中央に微小の穴をあけたホールICLが使用されていますので、結果を見る際にはこのことも考慮する必要があります。また、レンズの度数ですが、-15.5D以上の最強度近視用が4割を占めており、このことも結果に影響していると考えられます。

水晶体混濁は術後5年で4割、10年では5割以上に発生しています。相当高い発生率に思えますが、視機能にほとんど影響のないレベルの混濁も含まれていると思われますし、高年齢層の患者に関しては手術とは関係ない加齢による混濁も含まれていることも留意すべきでしょう。水晶体混濁がさらに進行して白内障となり視力が維持できなくなると手術が必要となりますが、その割合は5年後で約5%、10年後では2割弱です。これを高いと見るか低いと見るかは人それぞれでしょう。ただし、ここで考えておかなければならないのが、年齢と近視強度の影響です。上述のとおり、この調査対象はやや年齢が高めである上、最強度近視が4割も占めています。年齢が高いほど、そして近視強度が強いほど、白内障が発生しやすいことは従来の国内での短期・中期の調査研究でもすでに示されていることです。

また、この調査の対象となった手術で使用されたレンズは現在使用されている穴あきレンズではなく旧タイプですから、この調査結果がそのまま現在のホールICL手術を受けた方々にも当てはまるわけではありません。ホールICLでは水晶体への房水循環が改善されたたため、従来のICLと比較して白内障の発生率が大きく減少することが示唆されています。

vault heightの小ささが水晶体混濁・白内障の発生率と相関関係があることが示されたのは、予想通りといえるでしょう。レンズと水晶体の間の距離が近すぎると当然水晶体には悪影響が及びます。術後10年でvault heightがかなり減少したことも示されていますが、これは加齢により水晶体が膨化して厚くなることでレンズとの距離が縮まったのではないかと思われます。

眼圧については術後10年でも特に悪化はなかったようです。高眼圧症が約1割発生したようですが、このうちどのくらいが手術の影響によるものかはわかりません。40代、50代になれば手術とは関係なく、原発性の高眼圧症が一定程度起こると思われます。
等価球面度数は術後1年で-0.5D、10年後でも-0.7Dですので、術後の視力はきわめて安定しており、いわゆる近視の戻りはないことがわかります。

手術の安全係数というのが出てきますが、これは術後の矯正視力(眼鏡を使用して最もよく見えるようにした時の視力)を術前の矯正視力で割った値で、この値が1を上回ると手術によって眼球の光学的特性が向上したと評価できます。この調査では安全係数が1.25±0.57ですから特に問題のない値といえます。

レンズが現在使用されているものとは異なるという点を考慮する必要があるとしても、この調査結果はICLの長期予後を検討する上で非常に有用であることは間違いありません。今後は国内でも症例の蓄積・解析が進んで長期的な調査研究結果が示されることが期待されますし、従来のICLでなく、現在行われているホールICLについても同様の調査が進んでほしいと思います。