緑内障の基本

緑内障は網膜にある視神経が眼圧(より正確には眼内圧)による圧迫で障害され、視力を失っていく病気です。眼圧というのは、眼球内を満たしている眼内液の圧力のことです。眼内液は房水と呼ばれ、毛様体から分泌され、後房(水晶体と虹彩の間の空間)に放出され、水晶体と虹彩の間の隙間を通って前房(虹彩と角膜の間の空間)へ流れ出て、虹彩と角膜が結合する隅角という部分にある線維柱帯からシュレム管を通過して眼球外へ排出されます。この房水の排出が滞ると、眼球内に房水がたまって眼圧が上昇し、視神経を圧迫することになります(参考に眼球の基本構造の図を手作りしてみました。Windows8のタブレットでペイントを起動しスタイラスペンで手書きしたのですが・・・かなり残念な出来です。非常に粗い図なので、あくまで参考と考えてください)。


開放隅角と閉塞隅角

房水の排出が滞る要因は大きく分けてふたつあります。ひとつは房水の流出ロである線維柱帯の目詰まりで、これによって起こる緑内障が開放隅角緑内障です。治療として眼圧降下剤の点眼のほか、レーザーで線維柱帯の目詰まりの除去、外科的に線維柱帯の切開などがおこなわれます。

もうひとつは房水の流出路である線維柱帯の入り口である隅角の狭窄ないし閉塞です。これによって起こる緑内障が閉塞隅角緑内障です。隅角の狭窄が起こる原因は、虹彩と水晶体の間の隙間がせばまって(これを瞳孔ブロックと呼びます)後房から前房への房水の流出が滞り、後房内にたまった房水の圧力(後房圧)が虹彩を前方へ押し出すことにあります。瞳孔ブロックは、先天的な特徴に加えて、加齢による水晶体の膨化が要因となります。また、後で述べるように後房型眼内レンズ(ICL)は人工的に瞳孔ブロックを作りだすことになります。

瞳孔ブロックがある場合に、瞳孔散大が起こると、虹彩が収縮によって後方へ引っ張られる結果、虹彩が水晶体にくっついて両者の間が完全にふさがってしまう可能性があります。こうなると、後房圧が上昇して虹彩根部をさらに前へ押し出し、隅角も完全に閉塞することになります。隅角が完全に閉塞すれば房水は出口を失い、眼圧は一気に上昇して網膜を強力に圧迫し、視神経の急激な障害を引き起こします。これが急性緑内障発作であり、一晩で失明する可能性もある危険な疾患です。一方で、急性発作を起こさないままに瞳孔ブロックが放置され、隅角の閉塞・癒着が徐々に進行して無自覚のまま眼圧上昇・視神経障害が進んでいく場合もあります。これが慢性閉塞隅角緑内障です。

急性発作にせよ、慢性的な進行にせよ、失明のリスクがあることに変わりなく、その共通の原因は瞳孔ブロックです。したがって、瞳孔ブロックのある患者には、予防的に処置をしておかなければなりません。現在では多くの場合、レーザー虹彩切開を行います。これは、レーザーによって虹彩に穴を開けてバイパスとし、その穴から後房の水が前房へ流出できるようにするものです。これによって後房圧は減少し、虹彩根部による隅角の閉塞も解除されます。レーザー虹彩切開では不十分な場合には、観血的に虹彩切除を行います。また、白内障を併発している場合には、白内障の手術をすることで解決できます。白内障の手術では、水晶体を構成する水晶体核・水晶体皮質(水晶体の中身)を摘出し、水晶体嚢(水晶体の中身を入れる袋)だけを残し、その中に人工のレンズを入れて水晶体のかわりにします。この手術を行うことにより、水晶体(水晶体嚢+人工レンズ)はスリムになり虹彩との間の隙間も広がって後房から前房へスムーズに房水が流出できるようになるのです。

抗コリン薬と緑内障

抗コリン作用のある薬は瞳孔を散大させる可能性があるため、瞳孔ブロックのある人が抗コリン薬を服用すると急性緑内障発作を引き起こす可能性があります。このため、抗コリン作用のある薬はみな一様に「緑内障に禁忌」となっているのです。しかし、これまでの説明を読んでいただければわかる通り、抗コリン薬の影響を受けるのは瞳孔ブロックのある場合であって、開放隅角の場合はもちろん、虹彩切開によって瞳孔ブロックを解除済みの閉塞隅角の場合(この場合はすでに閉塞隅角ではなくなっているわけですが)も、抗コリン薬によって瞳孔が散大しても房水の動態になんら影響を与えません。したがって、実際に抗コリン薬が禁忌なのは、「未処置の閉塞隅角症」ということになります。しかし上述のとおり、閉塞隅角と診断されれば、急性緑内障発作を予防するため、虹彩切開をおこなって原因となっている瞳孔ブロックを解除することがほとんどなので、現実的には「未処置の閉塞隅角症」はほぼ「未診断・未自覚の閉塞隅角症」と言い換えられます。「未診断・未自覚の閉塞隅角症」かそうでないかは、眼科医に診察してもらわないと知りようがありません。つまり、抗コリン薬による急性緑内障発作を本当に防ごうと思えば、服用の前に眼科医を受診して閉塞隅角でないことを確認してもらわなければならないということになります。しかし、風邪の臨時処方でPL顆粒が出ている人に、服用前に眼科医で閉塞隅角ではないことを確認してもらってください、というのは非現実的です。そんなことをしている間に風邪が治ってしまいそうです。

「緑内障のある患者に抗コリン薬が処方されていても疑義はしない」「抗コリン薬が処方されていても緑内障の有無を確認する必要はない」という声が少なからずあるのも、上のような事情を踏まえてのことです。

しかし、「既診断・未処置の閉塞隅角症」は完全にゼロとは言えないことに注意が必要です。特に、近年は後述のとおり、レーザー虹彩切開により重篤な後遺症が生じる可能性が知られるようになったため、レーザー虹彩切開に慎重な眼科医があらわれています。「自分は緑内障だ」という患者が「未処置の閉塞隅角症」ではないことが確認(あるいは推認)できない場合には、「未処置の閉塞隅角症」の可能性もあると考えて対処せざるを得ないのではないか、と思います。

レーザー虹彩切開術の副作用

さて、レーザー虹彩切開術の登場により、それ以前の観血的手法と比べて容易に瞳孔ブロックを解除できるようになり、緑内障発症前の閉塞隅角症に対して予防的に処置することが一般的となり、視機能低下のリスクを大幅に減少させることが可能になりました。しかし世の中なにごとにも負の側面というのがあるもので、レーザー虹彩切開には重大な副作用のリスクがあることがわかってきました。レーザー虹彩切開を受けた患者の一部(あくまで一部です)で、角膜内皮細胞の大幅な減少が起こり、水疱性角膜症を発症することが知られるようになったのです。角膜内皮細胞とは、角膜の一番内側にある細胞で、角膜から不要な水分をくみだして角膜の透明性を保持する役割を持ちます。角膜内皮細胞は再生することはないため、生まれてから死ぬまで徐々に減少していきます。通常の減少ペースであれば角膜内皮細胞の機能に問題が生じることは少ないのですが、何らかのダメージによって減少のペースが増すと、機能維持に必要な細胞数を下回って、角膜の透明性を保持できなくなり、角膜が白濁してしまいます。これが水疱性角膜症です。治療法は角膜移植しかありませんが、移植する角膜は遺体眼からの提供を待つしかないため、その機会は非常に限られています。やっかいなことに、レーザー虹彩切開の施術後すぐにこの症状が起こるわけではなく、施術から数年~十年後くらいに急激に角膜内皮細胞が減少し始めるのです。このタイムラグのせいもあって、施術によって水疱性角膜症のリスクがどのくらい上昇するのか、どういう人に起こりやすいのかなど、詳しいことがまだ明確になっていません(日本における水疱性角膜症の症例のうち2割強がレーザー虹彩切開だという報告はあります。この数字が他の国と比べて極めて高いのも気になる点です)。施術後、何年もたってから発症するメカニズムについても、諸説あって謎のままです。とりあえず、現時点でいわれていることは、水疱性角膜症の予防のためには、

①角膜にダメージを与えないように切開部位を慎重に選択する(レーザーを当てる部分が角膜に近いと角膜にもダメージが及ぶので、角膜と虹彩との距離がより広い、つまり前房が少しでも深い点を切開する)。
②レーザーの総照射エネルギーを出来る限り少なくする。
③術後は十分な消炎をおこなう。

この3つが重要だろう、ということです。しかし、この3点に留意していても、それでリスクがゼロになるというわけではありません。そもそもどういうメカニズムで起こるのかがわからないのですから、予防についても推測によるものにならざるを得ません。

視力矯正用眼内レンズ

ここからは少し話がかわって、視力矯正手術の話になります。近視眼の矯正手術として一番有名なのはレ―シックでしょうが、レ―シックについてはここでは触れません。レ―シックの適応とならない、強度近視の場合に適応となる眼内レンズをとりあげます。近視矯正目的の眼内レンズはフェイキックIOL(Phakic Intraocular lens:有水晶体眼内レンズ)と呼ばれます。もともと眼内レンズは白内障の治療目的で開発されたもので、その場合、水晶体を摘出して代わりに人工のレンズをいれるわけですが、近視矯正の場合は水晶体を残したまま矯正用のレンズを眼内に挿入するので、「有水晶体眼内レンズ」なのです。

レ―シックは角膜を削ることによって屈折を変えて視力を矯正するものですから、近視が強度であるほど、角膜を厚く削らなければなりません。角膜の厚さを超えて削るわけにはいきませんから、レ―シックの矯正力には限度があるわけです。眼内レンズの場合はこのような限界はないので、強度近視眼も矯正することができるのです。また、レ―シックで削った角膜は二度と戻せませんが、フェイキックIOLで入れたレンズは取り出すことができます。その意味でレ―シックは不可逆的ですが、眼内レンズは可逆的だと言えます。ただし、眼内レンズ挿入によって何らかの障害が起こった場合には、レンズを取り出してもその障害は元には戻りませんから、完全に可逆的とは言えません。

前房型フェイキックIOL

フェイキックIOLには前房型と後房型の2種類あります。前房型はその名の通り、前房にレンズを挿入するもので、レンズは虹彩にくくりつけて固定するかたちになります。虹彩にくくりつけるので、虹彩炎のリスクがあるほか、手術後、まれにレンズが脱落することがあります。また、レンズが角膜に近いため、後房型に比べて角膜の障害のリスクが高いと考えられています。また、前房型の手術は両目を一度にすることができず、1~2週間の間隔をあけて片目ずつの施術になるため、その間、未施術眼にだけコンタクトレンズを装着するという不便さもあります。ある論文によると、Artisan社製の前房型レンズを使用した173例308眼について術後1~7年間追跡調査したところ、角膜内皮細胞減少率は5年間で平均8.3%(加齢による自然減少を補正すると5.3%)だったそうです(Saxena R et al. Long-term Follow-up of Endothelial Cell Change after Artisan Phakic Intraocular Lens Implantation. Ophthalmology 115: 608–613, 2008)。これはかなり大きな数字で、50年で角膜内皮細胞が半減してしまう計算です。やはり前房型レンズは角膜内皮細胞へのダメージがかなり大きいと言わざるを得ないでしょう。

後房型フェイキックIOL(ICL)

後房型はICL(Intraocular Contact Lens)とも呼ばれ、後房内の虹彩と水晶体との隙間にレンズをはめ込みます。このため、前房型のような虹彩炎や脱落のリスクは低く、両目の施術を同時に行うことができるというメリットもあります。ただ、レンズが後房から前房への房水流出路を塞いでしまうため、人工的に瞳孔ブロックがおこり、閉塞隅角となる可能性があります。このため、本手術の前にあらかじめレーザー虹彩切開を行って、レンズを挿入しても瞳孔ブロックが起こらないように処置しておく必要があります。2種類のフェイキックIOLを比較すると、後房型(ICL)のほうが各種のリスクが低いと考えられるため、現在の主流は後房型になっています。なお、STAAR社製のICLは2010年2月、日本でも厚生労働省から製造販売承認を取得しており、日本国内のICL手術で使用されるのはこのSTAAR社製のICLです(製造販売承認と保険適応は別の話ですから、前房型でも後房型でもフェイキックIOLはすべて自費診療になります)。
参考までに、STAAR社のICLの添付文書と製造販売承認申請に対する審査報告書を紹介しておきます。

ICL添付文書.pdf

ICL承認申請審査報告書.pdf

視力矯正眼内レンズの主流となっている後房型フェイキックIOL(ICL)ですが、もちろんリスクもあります。レンズが水晶体に非常に近いため、水晶体を障害して白内障を発症する可能性があるほか、前房型と同様に角膜内皮細胞の減少も認められます。ICLは前房型に比べると角膜からは遠いため、レンズ自体による角膜へのダメージは比較的低いとされますが、角膜障害はゼロではありません。後房型レンズを使用した34例56眼について術後経過を追った論文によると、術後4年での角膜内皮細胞の減少は平均3.7%でした。また、1眼に手術を必要とする白内障が発生したほか、6眼に無症候性の白内障が発生したそうです(Kamiya K et al.: Four-Year Follow-Up of Posterior Chamber Phakic Intraocular Lens Implantation for Moderate to High Myopia. Arch Ophthalmol 127: 845–850, 2009)。白内障については手術で治療可能ではありますが、リスクであることに変わりはありません。角膜内皮細胞の減少については、前房型に比べてかなりリスクが低いようです。ただし、この論文は術後4年までしか調査出来ていない点に注意が必要です。ICL手術の前には瞳孔ブロック予防のためにレーザー虹彩切開が必須ですが、その副作用として起こる角膜内皮障害は上述のとおりもう少し長いスパンで起こるからです。もし術後調査を10年の期間で行ったとしたら、角膜内皮細胞の減少はもっと大きくなる可能性があり、水疱性角膜症の発症例も出てくるでしょう。手術による治療が比較的容易な白内障と異なり、水疱性角膜症の治療は角膜移植以外にありません。視力は回復したけど10年後に水疱性角膜症で失明しました、では笑い話にもなりません。ただ、問題がレーザー虹彩切開にあるなら、レーザー虹彩切開なしでレンズを入れることができさえすれば、このリスクを大幅に減少させることができるはずです。つまり、瞳孔ブロックを起こさないレンズであればいいのです。

最新の眼内レンズ ホールICL

このような発想から、開発されたのが、ホールICLと呼ばれるレンズです。その名のとおり、レンズの真ん中に極小(0.36mm)の穴をあけたレンズです。つまり、虹彩に穴を開けるのがまずいなら、レンズに穴を開けてしまえばいいではないか、というアイデアです。房水はこの穴を通って後房から前房へと流出できるので、瞳孔ブロックは回避でき、レーザー虹彩切開が不要になるので、水疱性角膜症のリスクも大幅に減少すると考えられます。「レンズの真ん中に穴なんか開いてたら、そこだけぼやけて見えてしまうじゃないか」と思われるかもしれませんが、その心配はありません。人間は(というか生物は)実は眼でものを見ているのではなく、脳で見ています。脳は視神経から送られてきた信号を総合し、さらに必要な補正を加えて最も適切と考えられる像を作成します。我々が普段見ているのはそのような「補正」済みの映像なのです。ですから、レンズの穴に対応する部分の像も脳で補正されて違和感のない視界となります。そもそも、我々の網膜には「盲点」という光を受け取れない部分(網膜全体の視神経が集まってそこで束になり脳へと向かう部分であるため)があるのですが、だからといって我々の視界の中にそのような「見えない点」は普段存在しません。眼が送ってきた映像を脳が補正している証拠です。(なお、意識的に盲点を探そうとすれば探すことはできます。盲点を自覚するための「実験」のやり方はネット上にも載っているので、興味のある方はやってみてください。私自身は高校時代、生物の授業でやった覚えがあります)

日本ではホールICLは使用され始めたばかりですが、EUではすでにICL手術の6割がホールICLだそうです。レーザー虹彩切開が不要になることで、水疱性角膜症のリスクを除くことができるのであれば、眼内レンズによる視力矯正を考えている人にとっては朗報です。ただ、なにせ新しい技術ですから、長期的にみた場合にどのような結果が出るのかは不明です。房水がレンズの真ん中の穴を通過して前房へ噴出するというのは、ICLのレンズがない場合とも、ICLのレンズありで虹彩切開の穴から噴出する場合とも異なる動態だと言えます。それが水晶体や角膜に対して長期的にどのような影響を及ぼすのかは予想がつきません。なんら問題がないかもしれませんし、現時点で気付かない問題が隠れている可能性もゼロではありません。しかし、現時点での知見に基づくかぎり、いま存在する眼内レンズの選択肢の中で、ホールICLが最もリスクの低い選択肢であることは確かでしょう。

ホールICLは現在のところ、最新の技術です。ですが、永遠に最新の技術ではありません。さらに改良されたレンズが開発される可能性があります。というより、いつか必ず開発されるでしょう。手術を考えている人にとって、これが悩みどころです。今、ホールICLの手術を受けたとして、数年後に画期的な新技術が開発されたとしたら、「あのとき手術せずに待っておけばよかった」と後悔するかもしれません。この問題は眼内レンズに限った話ではなく、あらゆる手術や治療で有りうることではありますが、通常の手術は緊急性があるため、新技術が開発されるのを待つという選択肢はなく、悩む余地があまりありません。その点、視力矯正については緊急性はなく、数年待つことも可能なだけに、迷いが生じるのです。

視力矯正手術は保険適応でなく自費診療のため、費用は高額になります。これも問題のひとつではありますが、これがネックで迷っているという人は意外と少ないような気がします。本当に低リスクで理想の視力が手に入るのであれば、金額は問題ではない、というのが本音なのでしょう。強度近視の人にとって、裸眼での生活へのあこがれはそれほど切実なのです。眼のいい人にいわせると、「それはただのないものねだりだ」といわれるのですが・・・。

追記

・2014年3月、ホールICLも厚労省の製造販売承認を受けました。(販売名:「アイシーエル KS-AquaPORTR」、医療機器承認番号:22600BZX000850D0)
アイシーエル KS-AquaPORTR添付文書
・ご関心のある方は、著者自身の「ホールICL体験記」もご覧ください(2014年7月25日~)。

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