生物は生まれた瞬間からひとしく老化していきます。避けることはできません。しかし一方でそのスピードに個体差があることも確かです。

老化はさまざまな要素からなる現象ですから、なにか一つの生体反応を止めれば老化が止まるというようなものではありません。しかし、「糖化反応(グリケーション)」と呼ばれる反応が重要な意味を持っていることはすでに明確になっています。

糖化反応というのは、簡単にいうとタンパク質に糖がくっついてしまう反応です。なにも珍しい反応ではなく、食品を加熱するとよく起こる反応なのですが、これが生体内で起こると、体の機能や構造を担うタンパク質が変性し、本来のはたらきを果たせなくなり、これが積み重なると老化が進んでいくというわけです。

「AGEs」と老化

糖化反応を促進する最も明確な要因は言うまでもなく糖の過剰、つまり、高血糖です。血糖コントロール指標として使用されるHbA1c(ヘモグロビンA1c)はまさにヘモグロビンの糖化反応生成物なのです。高血糖状態が長く続いているほどヘモグロビンの糖化反応が進み、HbA1cの値が高くなるからこそ、血糖コントロールの指標として利用できるわけです。当然、糖化反応はヘモグロビンだけでなく他のタンパク質でも起こっているわけですから、HbA1cが高いということは生体内タンパク質の糖化反応が進んでいる、つまり老化が進んでいる、ということでもあります。

糖化反応はいくつかの段階を経て進んでいき、最後には「糖化最終生成物(AGEs:Advanced Glycation Endoproducts)」と呼ばれる物質に行きつきます。「AGEs」と複数形になっていることからわかるとおり、AGEsは複数の物質の総称であって、さまざまなタンパク質が糖化反応によって各種のAGEsに変化します。タンパク質はAGEsになってしまえば本来の機能を果たすことはもうできません。たとえばコラーゲンが糖化して変性することによりその弾力性は失われ、これがいわゆる肌老化としてあらわれるというわけです。またAGEsは本来生体内にあるべきではない異物ですから、これが存在することで生体機能を阻害し、これも老化の原因になります。さらに異物を処理しようとして起こる炎症の蓄積も老化につながります。

実際、糖尿病患者の場合、AGEsの蓄積が同年齢の健常者より進んでおり、皮膚弾力性が健常者より低下していることという結果が出ています(Dyer DG, et al. : J Clin Invest. 1993; 91: 2463–2469.)。また、AGEsの生成・蓄積は皮膚だけでなく、動脈硬化やアルツハイマー、骨粗鬆症などさまざまな老化現象を促進することもわかってきています。

糖化反応阻害物質

以上のことを踏まえれば、老化のスピードを抑える最も効果的な方法の一つは良好な血糖コントロールだということになります。現状ではこれが最も確実な対策です。一方で、上記のようなメカニズムが明らかなのであれば、AGEsの生成を抑えることのできる薬があれば、老化を抑えることができるのではないかという発想もでてきます。

現在のところ、どの国でも、老化予防の効能を認められた医薬品はありません。しかし、糖化反応を阻害してAGEsの生成を抑制する効果が報告されている物質はいくつか存在します。代表的なものを以下に紹介しておきます。(日本で医薬品として使用されているものもありますが、老化予防の目的で処方されることはありません。念のため)

・アミノグアニジン

かつて糖尿病性腎症の治療薬として開発が進められていた物質です。動物実験では糖尿病性の腎症、網膜症、神経障害の予防・進行抑制効果が認められ、米国では第Ⅲ相の臨床試験まで開発は進んでいたようですが、最終的に有効性が示せず開発中止となりました。日本では山之内製薬(現アステラス製薬)が臨床試験を進めていましたが、こちらもやはり開発中止に終わっています。結局、実用化には至らなかったアミノグアニジンですが、米国ではサプリメントとして販売されているようで、個人輸入によって入手することができるようです。しかし、貧血や肝障害、ビタミンB6欠乏症、頭痛、吐き気などの副作用が多いとのことなので、リスクが高いかもしれません。

・メトホルミン

いわずと知れたビグアナイド系の血糖降下薬です。日本ではメトグルコ、メデット、グリコランなどの商品名で販売されています。血糖降下作用自体によりAGEsの生成を減らすだけではなく、分子中のアミノ基が糖化反応の中間生成物のカルボニル基と結合してそれ以上の反応の進行を阻止することでAGEsの生成を抑制すると考えられています。米国では老化抑制薬としての臨床試験が許可され、2016年から開始されます。臨床試験の結果、認可されれば、世界初の老化抑制薬ということになります。

・ベンフォチアミン

ビタミンB1(チアミン)の誘導体です。チアミンは糖や脂肪酸の代謝に関わっているほか、神経伝達にも関与しています。チアミン自体は吸収効率が低いため、医薬品としては吸収効率を高めた各種誘導体が用いられますが、ベンフォチアミンもその一つです。なおベンフォチアミンには先発品はなく、後発品のベンフォチアミン錠「トーワ」のみ販売されています。ラットの実験で、ベンフォチアミンはAGEsの生成を減少させた一方で、チアミンにはそのような効果がなかったという報告があります。

・ピリドキサミン

ビタミンB6の1種。ビタミンB6にはピリドキシン、ピリドキサール、ピリドキサミンの3種がありますが、医薬品として使用されているのはピリドキシンとピリドキサールで、ピリドキサミンは現在までのところ実用化されていません。ラットの実験では、ピリドキサミンの投与でAGEsの生成が減少したことが報告されています。

・αリポ酸

糖の代謝に関与している物質で、日本ではもともと医薬品成分として扱われていましたが、2004年から食品成分となったことで、サプリメントとして広く販売されるようになりました。ラットの実験でAGEsの生成減少が報告されています。

糖化反応が老化の重要なファクターであることは間違いありませんが、糖化反応さえ防げば老化を止められるという単純なものでもありません。糖化反応のほかにも、活性酸素による酸化や紫外線など老化を促進するファクターはいろいろあります。それらを全て排除して生きることなど到底できないでしょう。それでも血糖値を下げたり、抗酸化作用のある食物を意識して摂取したり、紫外線への曝露をできるだけ減らしたりすることで老化を緩やかにすることはできます。もちろん、老化を生体本来の現象として恐れず受け入れる、という生き方もあります。