【アンチドーピング】2022年禁止表国際基準の変更まとめ
今年も元旦をもって、WADAがドーピングの禁止対象となる物質・方法を定めた「禁止表国際基準」が改定されました。今回はなんといっても糖質コルチコイド(副腎皮質ステロイド)の扱いが大きく変更になった点が要チェックですが、それ以外にも細かい変更があるので、備忘録代わりにまとめておきます。
参考:2021年世界アンチドーピング規程・禁止表国際基準変更まとめ
S0:無承認物質
今回、無承認物質のセクションにはじめて具体的な物質名が例示されました。「BPC-157」という物質です。
BPC-157は、胃液から発見・単離された成分で下記の15個のアミノ酸からなるペプチドです。
BPC-157の構成アミノ酸:Gly-Glu-Pro-Pro-Pro-Gly-Lys-Pro-Ala-Asp-Asp-Ala-Gly-Leu-Val
作用としては、胃腸粘膜の保護・治癒促進のほか、腱・靱帯・筋肉・神経の損傷治癒促進、成長ホルモン受容体の増加などの効果がin vitroや動物実験で報告されており、競技能力向上の可能性があるとの知見も得られているそうです。「無承認物質」ですから、当然どこの国でも医療用医薬品として認可されていませんが、海外ではサプリメント商品に含有している例が確認されており、今回、特別に注意喚起する目的で例示したとのことです。
S1:蛋白同化薬
チボロンが「その他の蛋白同化薬」から「蛋白同化男性化ステロイド薬(AAS)」へ移動になりました。チボロンは合成ステロイドで、その代謝物に強いアンドロゲン作用があることを考慮して移動されました。サブセクションの移動であり、変更前後とも禁止物質であることに変わりありません。
また、クッシング症候群の治療に用いる副腎皮質ホルモン合成阻害薬のオシロドロスタット(商品名イスツリサ)が「その他の蛋白同化薬」の例に追加されました。CYP11P1を阻害してテストステロンの分解を抑制してその血中濃度を上昇させる効果があるため、禁止物質であることを明示したものです。
S3:ベータ2作用薬
吸入サルブタモールの使用が認められる条件が、「24時間で最大1600μgかつ12時間で800μgを超えない」から「24時間で最大1600μgかつ8時間で600μgを超えない」に変更になりました。日本国内で承認されている用量は「1回200μg、1日最大4回、間隔は3時間以上あけること」となっているので、これを遵守する限り、禁止表の基準に触れることはありません。
また、ネブライザーによるベータ2作用薬の吸入は禁止(使用にはTUEが必要)されることが明確になりました。つまり、吸入による使用が認められているサルブタモール・ホルモテロール・サルメテロール・ビランテロールについても、ネブライザーによる吸入は禁止ということです。ネブライザーを使用した場合、体内への吸収量が多くなり、禁止表が定める尿中閾値を上回る可能性が高くなるためです。
S6:興奮薬
「特定物質である興奮薬」の例に、メチルフェニデートとモダフィニルの類似物質が複数追加されましたが、例示列挙への追加ですので、実質的な変更はありません。
S9:糖質コルチコイド
2021年版ですでに予告されていたとおり、糖質コルチコイド(副腎皮質ステロイド)の禁止対象となる投与経路が拡大されました。昨年までは「経口・静脈内・筋肉内・経直腸」による投与のみが禁止でしたが、今年からは「経口(口腔粘膜を含む)、経直腸、すべての注射」が禁止となります。
口腔内局所使用が「経口使用」に含まれたことにより、口内炎の治療に用いられる副腎皮質ステロイドの口腔用軟膏や口腔用貼付剤などが禁止対象となったので要注意です。同じ副腎皮質ステロイドの軟膏でも、通常の皮膚に使う軟膏や眼軟膏はTUEなしで使用でき、口腔用軟膏は使用するにはTUEが必要になるわけです。
また、すべての注射が禁止対象になったことで、膝痛などに用いられるステロイドの関節内注射も今年から禁止され、TUEが必要になります。
糖質コルチコイドの禁止は「競技会時のみ」ですので、競技会時以外に使用した場合、競技会時検査で検出されるかどうかが問題になります。今回、禁止対象となる投与経路が拡大されたことを考慮してか、WADAが「ウォッシュアウト期間」の目安を掲載しました。「ウォッシュアウト期間」とは、投与された薬物がほぼ全て体外に排出されるのに要する期間のことです。もちろん、個人差があるので、すべての人について薬物が完全に排出されることをWADAが保証するものではなく、あくまで目安です。WADAが提示したウォッシュアウト期間は以下のとおりです。
使用から競技会時までにウォッシュアウト期間を確保できない場合は、競技会時のドーピング検査で陽性となる可能性があり、その際には遡及的TUE申請が必要となるため、あらかじめTUEに必要な医療情報を準備しておく必要があります。
また、ウォッシュアウト期間はあくまで目安なので、使用から競技会時までにウォッシュアウト期間を確保できる場合でもドーピング検査陽性となる可能性はあるため、やはり遡及的TUEに備えて医療情報は準備しておく必要があります。
監視プログラム
監視プログラムに掲載されている物質は、禁止物質ではないが、濫用のパターンを把握するために監視が必要と判断された物質です。
今回、濫用状況を検討するのに十分なデータがそろったということでベミチルが監視プログラムから削除されました。また競技会時の糖質コルチコイドの禁止対象投与経路が拡大されたことにともない、「競技会時の経口・静脈内・筋肉内・経直腸以外の投与経路による糖質コルチコイド」も監視プログラムから削除されました。
監視プログラム掲載物質は、現時点では禁止物質ではありませんが、監視の結果、規制の必要があると判断されれば、将来禁止物質に移行する可能性があります。今回の改定でいえば、静脈内・筋肉内以外のすべての注射による糖質コルチコイドが、監視物質から禁止物質に移行したことになります。
まとめ
糖質コルチコイドの禁止対象投与経路の限定は、これまでも要注意でしたが、今回さらにややこしくなったので要注意度が増しています。昨年まで覚えていた内容と混同しないようにしないといけません。ただ、変更にともなって、WADAがウォッシュアウト期間の目安を提示してくれたのはありがたいと思います。
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