年が明けて2021年となり、元旦から、ドーピングの禁止対象となる物質・方法をまとめた禁止表国際基準も2021年版が施行されました。さらに今年は、アンチドーピングの原理・理念をまとめた「世界アンチ・ドーピング規程」も改定されています。備忘録代わりに変更点をざっくりまとめておきます。


世界アンチ・ドーピング規程の変更点


  • アンチ・ドーピング規程に基づいて、より具体的な内容を定めているのが各国際基準ですが、これまで6種類(「禁止物質・方法」「治療使用特例、検体採取」「検体分析」「個人情報取扱」「規程遵守」)だった国際基準に、「教育」「結果管理」の2種類が加わって8種類になりました。
  • アスリートの役割・責務に、「サポートスタッフの身分開示」が加わって6項目から以下の7項目になりました。
    1. 規範・規則に精通し遵守すること
    2. いつでも検体採取に応じること
    3. 自己の摂取物・使用物に責任を負うこと
    4. 医療従事者に自らのアスリートとしての立場と責務を伝え、自らが受ける医療処置について違反にならないよう責任を負うこと
    5. 過去の違反について情報を開示すること
    6. ドーピング調査に協力すること
    7. サポートスタッフの身分を開示すること
  • 競技者概念に「要保護者」「レクリエーション競技者」が設けられました
    • 要保護者の定義:
      • 16歳未満
      • 18歳未満、かつ、RTPA(検査対象者登録リストに含まれるアスリート)ではなく、かつ資格制限のない国際競技大会で競技したことがない
      • 年齢以外の理由で、国内法により行為能力を欠くとされているもの。日本では、「成年被後見人」「被保佐人」「被補助人」が該当
    • レクリエーション競技者の定義:過去5年間をさかのぼり、以下のいずれにも該当しない者
      • 「国際レベル競技者(国際的にトップレベル)」または「国内レベル競技者(国内的にトップレベル)」
      • 国際競技大会で国を代表した者
      • RTP等の居場所情報を提出する競技者に含まれていた者
    • 要保護者とレクリエーション競技者の場合、重大な過誤・過失がなければ、違反した際の制裁措置を減免(資格停止期間の短縮、違反事実の一般公開除外の可能性)
要保護者の制裁措置が減免されるのは、本人の判断能力が未熟または不十分であることに対する配慮でしょう。僕を含め、ほとんどの市民ランナーが、「レクリエーション競技者」に該当すると思いますが、制裁措置が減免される(あるいはそもそも検査を受けないから発覚しない)からといって違反してもかまわないわけではないことは言うまでもありません。

禁止表国際基準の変更点


具体的にどのような物質や方法がドーピングに該当するのかを定めたのが禁止表(禁止物質・方法)国際基準です。例年、形式的な変更がほとんどですが、今年は実質的な変更もいくつかありました。

デザインの変更で読みやすく

目次の各セクションに、対象物質が用いられる代表的な疾患名が例示されるようになりました。
1分類を1ページにまとめ、各分類の冒頭には「常に禁止」「特定物質・方法」「濫用物質」などの区分が掲載されるようになりました。

「特定方法」という定義の新設

従来からある「特定物質」と同様に、方法についても、「競技力向上以外の目的のために使用される可能性が高い」方法が新たに「特定方法」と定義されました。特定物質・特定方法については、違反した場合にも制裁措置が軽減される可能性があります。つまり、ドーピング目的にしか使わない物質・方法には酌量の余地はありませんが、治療目的で広く用いられる物質・方法については、いわゆる「うっかりドーピング」という可能性もあるので、情状酌量の余地を残しておこうということです。

「濫用物質」という定義の新設

今回、スポーツの領域以外の社会で頻繁に濫用されている物質について、「濫用物質」という定義を設け、コカインヘロインMDMA(メチレンジオキシメタンフェタミン、通称エクスタシー)・テトラヒドロカンナビノール(THC:マリファナの主成分)の4成分が指定されました。濫用物質による違反については、制裁措置が軽減される可能性があります。①摂取が競技会時ではない ②スポーツパフォーマンスと関係がない の2条件を満たす場合、資格停止期間は3ヶ月に短縮され、さらに、「濫用物質治療プログラム」を完了した場合には、1ヶ月に短縮されます。

「違法薬物を摂取したのに、他のドーピングより制裁が軽くなるなんて、どういうことだ!」と憤る方もいるかもしれませんが、アンチ・ドーピングの観点では、あくまで、ドーピングの意図、つまり競技力向上目的の有無が問題なのだと考えれば、理解しやすくなります。これらの薬物は依存性が高く、そのために違反者も摂取をやめられなかっただけであり、ドーピング目的ではない可能性があるので、その点を考慮しようということです。違法薬物依存は大きな問題ですが、ドーピングとしての罪の軽重とは別の問題というわけです。

ベータ2作用薬の変更

「S3.ベータ2作用薬」では、禁止物質の例に、アルホルモテロール(ホルモテロールの光学異性体)とレボサルブタモール(レバルブテロール サルブタモールの光学異性体)が追加になりましたが、例の追加なので実質的な変更ではありません。この2物質は今回あらたに例として明記されただけで、これまでもすでに禁止物質です。

一方、例外として禁止されない吸入ベータ2作用薬には、ビランテロールが追加されました。こちらは例の追加ではなく、限定列挙への追加ですので、実質的な変更となります。これによって、禁止されない吸入ベータ2作用薬は、①サルブタモール(サルタノールインヘラー、ベネトリン吸入液) ②ホルモテロール(オーキシスタービュヘイラー、シムビコートタービュヘイラー、フルティフォーム、ドベスピエアロスフィア、ビレーズトリエアロスフィアなど) ③サルメテロール(アドエア、セレベント) ④ビランテロール(レルベア、アノーロ、テリルジー)の4成分となりました。今回あらたに使用可能となったビランテロールも、他の成分と同様、投与量の上限が定められていますが、添付文書上の最大使用量を遵守すれば上限を上回ることはありません。

運動誘発性喘息も含め、喘息持ちのアスリートは意外と多いので、TUE申請なしで使える治療薬の選択肢が広がることは、アスリートにとって朗報だと思います。

唯一の「特定方法」

内容の変更ではありませんが、「M2.化学的および物理的操作」のうち、「12時間あたり100mLを超える静脈内注入・静脈注射」が、今回あらたに定義された「特定方法」に指定されました。現状、唯一の「特定方法」になります。

糖質コルチコイドの来年変更予定

「S9.糖質コルチコイド」では、ベクロメタゾンやシクレソニドなどが物質例に追加されましたが、例の追加ですので、実質的な変更ではありません。シクレソニド(商品名オルベスコ)といえば、昨年、新型コロナに対する治療効果が話題になりましたね。

また、来年の変更予定がすでに示されていて、禁止される投与経路を、現状の「経口・経直腸・静脈注射・筋肉注射」から「経口・経直腸・すべての注射」に変更することになっています。すべての注射ということは、皮下や皮内、関節周囲、関節内、腱周囲、腱内などの注射も禁止されるということです。ただし、「競技会時のみの禁止」である点は変わりません。変更の施行が今年からではなく来年からとなったのは、変更内容の周知と教育に十分な時間が必要との判断からだそうです。膝関節の痛みに糖質コルチコイド(副腎皮質ステロイド)の関節内注射をすることがありますが、来年以降は注意が必要です。

監視プログラムの変更

監視プログラムに掲載されている物質は、禁止物質ではないが、濫用のパターンを把握するために監視が必要と判断された物質です。

今回、監視プログラムのうち、「ベータ2作用薬同士の組み合わせ」が削除され、かわりに「最低報告レベル未満のサルメテロールおよびビランテロール」が加わりました。「最低報告レベル未満」というのは、禁止されない投与量上限未満ということです。今回の改定で吸入ベータ2作用薬の禁止除外にビランテロールが追加になったことに伴う変更と思われます。

まとめ

今回は、「特定方法」「濫用物質」という新定義が設けられたこと、禁止されない吸入ベータ2作用薬にビランテロールが追加になったことが大きな変更点です。一方、いくつかの項目で、例示列挙に物質名が追加になっていますが、それらは実質的な変更ではありません。

追記

今回のアンチドーピング規程・禁止表国際基準の改定に伴い、『実務実習ドーピング講義レジュメ』も変更しました。

追記(2022.01.09)
2022年となり禁止表国際基準があらたに改定となりました → 【アンチドーピング】2022年禁止表国際基準の変更まとめ